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社外での活動

オプトメトリストのインディアナ州とコロラド州のライセンスをいただいて、株式会社釘宮メガネに戻ったのが1983年の暮れ。

オプトメトリストとして改めて活動できたのは、翌年札幌にある富士メガネの金井昭雄さんからのおさそいでした。

金井昭雄さんは、南カルフォルニアカレッジオブオプトメトリーを卒業されていた米国オプトメトリストとして、当時タイにあったインドシナ難民のキャンプへの眼の検査とメガネの選定及び贈呈をされる社外貢献活動を開始されていました。

初年度は大変な苦労をなさったようですが、翌年私がメンバーとして初参加させていただいた時には、移動時間の長かったことを除けば、かなりスムーズに活動できました。これは初年度の問題点を会社を挙げて取り組まれて、国連の難民高等弁務官事務所や現地でのスタッフとの関係を構築されていたおかげです。

 

ベトナム戦争後のタイには隣国のラオスやカンボジアからの難民が、国境沿いにいくつかのキャンプに収容されていました。国連の管理下にある難民にはいろんな形の援助がなされていましたが、一人一人に合わせて作るメガネはどの活動でもなされていませんでした。

朝から順番にメンバーで検査していくわけですが、屈折異常、直像鏡による眼底検査、両眼視機能の確認、他の専門家へ紹介すべき患者の選定など、限られた環境の中でしたが、オプトメトリーサービスをある一定の基準以上で提供できていました。

また大量に持ち込まれた眼鏡は一定の度数ごとに分類され、屈折異常にできるだけ沿ったメガネを選別できるようになっていました。

さらに一人一人にフィッティングを施して、快適に装用できる配慮もなされていました。

ラオスの少数民族の婦人の収入源である刺繍を施す手仕事には、メガネは生活を成り立たせるためにはどうしても必要なもの。

メガネを手にしたあの笑顔は、スタッフにとって自分たちの仕事の本分を最高の形で表現してくれた感謝の表情でした。

先年眼科医の活動で、白内障術後の無水晶体の患者に、仮枠で初めて鮮明な視覚を取り戻せた患者には、後日日本から別便で調整したメガネが送られました。これらのメガネは、各眼鏡メーカーやレンズメーカーから送られた材料を富士メガネさんの社員さんが一本一本作られたものです。

現地のスタッフに屈折異常の検査方法をテキストともに教え、機材も残して、その後の対応を託しています。

 

私も三度参加させていただいたこのプログラムを、富士メガネさんと金井昭雄さんと社員の方々は継続して行われていて、現在はアゼルバイジャンなどまだ残された難民のための活動されてます。

息子さんの邦容、宏将、両ODにもこの活動は引き継がれています。

この難民の視力救済事業を長年にわたって行われた業績に対して、2006年に国連難民高等弁務官から最高栄誉のナンセン難民賞をDr.金井昭雄に手渡されています。この授与式にはアンジェリーナ・ジョリーからのビデオメッセージもありました。

また当時の高等弁務官であったアントニオ・グテーレスさんは2017年1月1日に国連事務総長に就任されました。

 

オプトメトリストとして求められている役割を、個人としてまた事業として取り組まれている姿は、日本の眼鏡業界の人間として誇りに思えますし、私どもの活動の理想形として追いかけていきたいと思います。(1)(2

 

1htps://www.facebook.com/unhcrorjp/

2http://www.unhcr.or.jp/html/ref-unhcr/nansen/history.html

 

タイの難民キャンプで。中央がDr. Akio Kanai です。
タイの難民キャンプで。中央がDr. Akio Kanai です。
Dr. Akio Kanai と現地のUNHCRからの連名で、感謝状をいただきました。視援隊のロゴも入っています。
Dr. Akio Kanai と現地のUNHCRからの連名で、感謝状をいただきました。視援隊のロゴも入っています。